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2018年7月4日(水)、長崎県南島原市「原城跡」が、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の12の構成資産のうちの1つとして、世界文化遺産登録されました。

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原城は、戦国時代の有馬氏の重要な城で、1637(寛永14)年に勃発した島原・天草一揆の舞台となった城です。

▼春には桜が咲く城内。
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城は、海岸に突き出した丘に築かれ、本丸、二ノ丸、三ノ丸、天草丸、鳩山出丸などから構成されています。
周囲は約4km、東は有明海、西と北は一部をのぞいて低湿地に囲まれた天然の要害でした。

 本丸は石垣で囲まれ出入口は桝形となり、織田信長や豊臣秀吉の時代に完成された石積み技術が用いられ、近世城郭の特徴がありました。

その特徴は、高い石垣、建物に瓦を使用、建物を礎石上に備えていた点です。
一方、二ノ丸、三ノ丸は自然の地形を活かした土づくりでした。

▼築城当時の原城と島原・天草一揆当時の様子のイメージをアプリで再現することができます。
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▼原城VRビューポイント:本丸門(築城時)
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▼本丸門には一揆の際に指導者の天草四郎が居を構えたとの資料も残っています。
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イエズス会宣教師の報告書のなかにも記述があり、文禄・慶長の役後に有馬晴信が居住している日野江城よりも一層適地にして、堅固で防御できるような新しい城を築城中であるとの報告が見られたそうです。

原城の工事は、1599(慶長4)年にはじまり、1604(慶長9)年に完成したとされます。
城内には晴信の屋敷のほか、家臣の屋敷、弾薬や食糧を蓄える三層の櫓がありました。

▼原城VRビューポイント:三層櫓(築城時)
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▼世界でも珍しい「白洲」を見ることができます。
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1614(慶長19)年に晴信の子、直純は日向国臼杵郡(宮崎県延岡市)へ転封された後、翌年に発令された一国一城令によって、廃城となりました。

▼原城VRビューポイント:虎口(築城時)
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▼埋門跡
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▼階段跡
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▼破却された石垣
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1992(平成4)年から実施している発掘調査によって、本丸地区から多くの遺構・遺物が出土しています。
特に、十字架、メダイ、ロザリオの珠などのキリシタン関係遺物は、一揆にまつわる資料です。

▼左:黄金の十字架、右:天草四郎陣中旗。
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▼黄金の十字架は、この畠から出土しました。
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また、一揆後の幕府による現地処理で、壊され埋め込まれた出入口や櫓台石垣、本丸の正面玄関に相当する出入口などが検出され、原城築城時の遺構や「島原・天草一揆」に対する幕府の対応を示す資料が発見されました。

 1938(昭和13)年5月30日、国指定史跡となりました。

▼原城十字架
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▼天草四郎像
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▼天草四郎の墓
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▼ホネカミ地蔵
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▼キリシタン像
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原城十字架、天草四郎の墓、キリシタン像は後年に建立されたもののため、いずれ撤去されるそうです。
天草四郎像はこのまま残る可能性があるとのこと。

「原城跡」、ぜひ足を運んでみてください。

長崎県南島原市「原城跡」
世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」12の構成資産の1つ
▼世界遺産のまち 南島原市
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〒859-2211  長崎県南島原市西有家町里坊96番地2
TEL 0957-73-6600